古墳に入りたい

大学生活も残り半年でございます

チェルノブイリに行きました

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1986年4月26日、チェルノブイリ原発事故は起きた。

それは世界を揺るがす人類史上最悪の出来事であったはずなのに、私にとってはあまりに遠い出来事だった。歴史の授業が描けていない時代の空白、つまり一世代前の現代史は意識からすっぽりと抜け落ちている。当然検索すればでてくることだけれど、まるでフィクションのようにも感じられてしまうものだ。

しかし2011年3月11日福島の原発事故が起きた時から、それは他人事では無くなった。政治的に原発がどうであるとかそういうことも大事だし考えるべきだけれど、それと同時に事故が起きたあの場所をどうしていくか?という現実的問題は無視できなくなった。避難指示が解除されたり除染が進められたり、同時に裁判や責任追及そして再稼働が行われる中で遠くにあるチェルノブイリが気になっていた。多くの年上の人々はその名前を度々出していたし、東浩紀氏がゲンロンでチェルノブイリツアーを企画しているのも興味をそそられた。

だから、大学を卒業してしまう前に一度行ってみることにした。それも一人で。チェルノブイリはツアーでしか入れないのでネットで検索してよくわからないまま申し込んだ。あまり事前に勉強もしないようにした。ただ観光客として、軽い好奇心を動機として陰鬱さを持たずにそこに行ってみたかった。

「学ぶ」ことは素晴らしいことだけれど、時に先入観をできるだけ捨てて直感的に遭遇することが新しい発見につながると信じた。これはそういった旅の記録だ。

 

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  • ダークツーリズム

 チェルノブイリはダークツーリズムの代表的存在だ。人類の負の遺産をあえて訪ねる。悲しみから学ぶことも多くある。そしてそれ以前にダークなものはスリルがある。チェルノブイリでは廃墟がたくさん残されている。崩れかけの建物の中へ入っていくのはドキドキするし、ガラスの破片をこんなに踏みつけたのも生まれて初めてだった。

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大量に捨てられたガスマスク。ここは発電所に最も近い街プリピャチの小学校の廃墟だ。ダークツーリズムでは若干の演出も含んでいる。例えば当時のものに見える楽譜が落ちていたり、怖く見えるように人形が並べられていたり。

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 これは室内の飛び込みプールとバスケットコートがあったスポーツ施設の廃墟。プリピャチはかなり大きい街で5万人ちかくが暮らした。発電所で働く若い家族が中心だった。今では森に囲まれていてその中にコンクリート造りの廃墟が立ち並ぶ。ゴーストタウンである。

ガイドはできるだけ奥へ奥へ旅行者を連れて行こうとする。ツアー参加者も恐怖心と好奇心を覚えながら探検を楽しむ。そのガイドと地元警察がもめていたのが印象的だった。過去にツアー参加者が廃墟でケガをしたらしく、多くを見せたいガイドと安全を守ろうとする警察の間でひそかに対立がおきていた。

フクシマでいえば約四半世紀先の未来、普通の小学校やマンションの廃墟を旅することをなんとなく想像した。見慣れた町が森に包まれてゴーストタウンになっていく。そこを世界中の人々がドキドキしながら歩いていく。そんな時が本当にくるのだろうか。

 

  • のどかな

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発電所付近にはチェルノブイリという名前の新しい街ができている。一時的に滞在する人のための施設や廃炉作業をする人のための建物が立ち並ぶ。観光客もツアーによっては泊まることができるらしい。

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事故当初に亡くなった消防士を慰霊する像があった。ツアー参加者はこういったスポットでマイクロバスからおりて写真撮影をする。

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そして遠くに発電所本体が見えてくる。銀色に光るのは「石棺」を覆う新シェルター。川には大きななまずが泳いでいて気持ちのよい天気だった。この場所であの事故が起きたということが信じられない。作業自体はずっと続く。

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惨劇は想像を絶するものであったはずだ。発電所の周りはあまりにも静かでそれが逆に不気味だった。人類の英知によって封じ込めたかに見えるけれど、その圧倒的な存在感は異常だ。

 

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ツアーコースは基本的に除染が進んでいる。とはいえ森の中にはホットスポットがたくさんあって、ガイガーカウンターをかざすと警告音が鳴る。目に見えない恐怖は残っている。

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汚染を外に持ち出さないように出口で2度放射能チェックをする。ここで引っかかると除染しないと帰ることができないらしい。当然汚染区域では地面を触ることが禁止されている。飲食も禁止。内部被ばくの恐ろしさを説明される。

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観覧車の廃墟に向かう図。半袖半ズボンはできるだけ避けたほうがいいとHPには書いてあるが意外とゆるい。ただ地面は汚染があるのでしっかりした靴は必須。

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最も高い線量を記録した、「クロー オブ デス」。汚染されたものを処理するのにつかわれていた。通常1マイクロ、高くて2マイクロシーベルトが汚染区域の標準だが、ここでは200マイクロシーベルトを記録した。

汚染された木が埋められている「赤い森」もかなり危険で、その間をバスで通るだけでガイガーが鳴る。ここでバスを停めることすら禁止されている。そんな呪いみたいな場所がこの世界にあるということに衝撃をうけた。

 

  • 「感じ」

チェキやスマホの写真を撮りながら、たとえそれがチェルノブイリであってもいい感じになってしまうことに気づく。ドキュメンタリーをテレビで見ても、写真集をめくっても、この場所はなんとなくの感じを持ってしまう。それが少し怖い。チェルノブイリとはある一定時間のメディア経験にしかならない。なんとなく怖い感じの、なんとなくが引っかかる。

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だから、現地に行かなければいけない。割れたガラスの感触や高線量の不気味さや検問の厳格さを体験しなければいけない。発電所を覆うカバーの巨大さやゴーストタウンの有様はそこでしか分からない。

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チェルノブイリツアーは別に全人類の義務ではない。でも現に原発を使いそして事故を起こした以上、ここにくる意味はある。そして、25年後日本人はチェルノブイリに行く側から福島に迎える側になる、はずだ。チェルノブイリもかつてソ連時代からかなり隠蔽されてきた。それが徐々に後世に引き継ぐべき経験として開かれるようになった。除染は限界まで進む。でもそこには確かに限界があって、もはや生き返らない街、死んだ土地がこの国にあることを認める勇気が必要だと感じた。

ここに一人で行って良かった。

 

おしまい

 

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 ゴーストタウンに暮らす猫。観光客の人気者。

 

※気が向いたらこの記事は追記予定