古墳に入りたい

大学生活も残り半年でございます

敗れ去った球児達へ

夏の終わりに想うこと

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甲子園が終幕した時に書こう書こうと思っていたけれど、この暑さでどうにもやる気が起きなかった。でもやっぱり書いておこうと思う。

 

甲子園は特別な場所だ。球児もまたスクールカーストでいえば最上位で、学校中が応援する。よほど弱すぎるチームでなければ野球部は学校というシステムの中心にいる。文武の武は今ではバットを持った球児のことだ。だから高校野球とは代え難い、異常なものだ。

いろんな人に高校時代の話を訊くと、球児を応援していた人と冷ややかに見ていた人がいるのに気づく。なんで野球だけが特別なんだろう。授業中野球部はだいたい寝てた。ノリはいいけどちょっとウザい?でも、やっぱり応援してしまう。

グラウンドは女人禁制で、マスコミも大注目、タバコを吸ったら出場停止、甲子園に出れば地元の誇り。あのクソ暑い中で運動するなんて、膝が壊れるまで投げさすなんて、まさに現代のコロッセオなんて言われたりする。そのうえ品行方正で礼儀正しい球児たるための倫理観まで求められるのだから大変だ。野球はスポーツじゃなくて、精神を鍛えるものという認識があるらしい。でも、実際いいやつは多い気もする。高校までストイックに夢を追ってきているわけで素直に尊敬できる。

球児はやっぱり特別だ。球児であるための練習に打ち込んで研鑽を積んでいるのだから。

 

しかし、甲子園は残酷だ。魔物は1チームずつ球児達を殺す。昨日までみんなのヒーローだったやつが、敗れ去った元球児になってしまう。週明けの学校でみたその光景はあまりに自然で悲しいとも思わなかった。でも胸中お察ししてしまうわけで、一体あの時彼らは何を実際思っていたのだろう。本気じゃなかった、のかもしれない。本気でプロになれるなんて冗談みたいだよね。それでもあれだけ頑張ってるんだからさ、調子にだって乗ったっていいじゃないの。それにもしかしたら、もしかしたらでられるかもしれないのが甲子園だから……。でも、甲子園に出たって苛酷さは増すばかり。弱いチームは恥を晒すし、プレッシャーはどんどん重くなる。それに、甲子園の砂を持ってたからって大学に入れるわけでもお金がもらえるわけでも仕事になるわけでもないんだ。元甲子園!の証、それは自慢話にはなるけれどただの砂だから。阪神園芸のね。

 

私たちはよく誰かに夢を託す。自分で背負うには重すぎるから、きっと自分を追い抜いていく誰かにそれを投げつける。最低なことだと思う。

それは就活してた時に特に感じたことだった。夢のような新人がイノベーションを起こしてくれるなんて期待しないでよ。たいていの学生は普通に普通のことを頑張ってきたんだよ。それはいつの時代も変わらないんだよ。面接をしてるあなただって昔はきっとそうだったのに、理想をぶつけてくるのは本当に醜い。それでいて会社は過労だなんだで新人を死なせる。自分が楽になるための過剰期待からだれも抜け出せない。人事は球児が大好きだ。彼らはきっと甲子園みたいに見果てぬ夢を追ってひたすらに走ってくれるはずだから。でも根性根性なんて言ってるうちに気づいたら線路に飛び込んでいる人がいることを忘れちゃいけない。

でも、託すのは悪いことばかりではないし託されたいと思うこともある。背負いたい、繋ぎたい、与えたいっていうのは人間が存続する上でとても重要な感情だ。それに甲子園を見ながら、一緒になって熱くなれるのは素敵なことだというのは間違いない。だから、せめて託しすぎるあまりに殺してしまうこと、自分を軽くしすぎることを知っているだけでも、時に人間が最低な生き物だと認識することだけでも意味はあるんじゃないかな。

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話を球児に戻す。

球児は特別な存在なんだけど、敗れた瞬間からただの高校生になる。野球の神様はめったに微笑まないから、野球で生きていくなんてほぼ無理だ。あの夏、あの瞬間、彼らは人生で最高潮に輝き。輝きは花火みたいに散って、夏は終わり、秋の虫が鳴きはじめる。涼しい風とともにこれからの人生が始まる。それはたぶんちょっと寂しい。期待されることに慣れすぎると、それなしでは苦しくなる。そしていつのまにか月日は流れ、自分が期待をかける側になっている。そんな球児たちのその後の人生を私は毎夏想像してしまうのです。

コロッセオの闘士でいられたあの夏は異常な時間で、観客たちは次の年になれば新しい犠牲者を望む、血に飢えた観衆。球児は傷つかない。俺たちよりずっと丈夫な身体を持つ異種族だから。

そして敗れ去った球児の涙を見て私たちは人間らしさを感じる。もう終わりだよ、残酷な時間は。辛い練習は。熱闘甲子園、あまりに多くを背負いすぎだよ君たちは。1つずつおろして、楽になって、「甲子園を目指す球児」ではないあなた自身としての人生が始まっていくその瞬間。

 

夏の終わりは君の始まり