古墳に入りたい

大学生活も残り半年でございます

南条あやは生きている

本名 鈴木純

1980年8月13日-1990年3月30日

職業は女子高生、メンヘラ、ネットアイドルフリーライターリストカッター

 

 

死因は向精神薬中毒、意図的な自殺ではなかった。

 

 

卒業式まで死にません―女子高生南条あやの日記 (新潮文庫)

卒業式まで死にません―女子高生南条あやの日記 (新潮文庫)

 

 

 南条あやの日記は明るい。

度重なる自傷オーバードーズ、繰り返す躁と鬱、父親とのけんか。

過酷な人生の中でも楽しみを見つけて生きている。もちろん鈴木純南条あやは別のものでフィクションだともいえる。例えば婚約者である彼氏の存在は日記の中に出てこない。日記は公開されるために書かれており彼女は確かな表現者だ。ただ圧倒的なリアリティがある。それは彼女が本当に死んでしまったからだ。残酷なことに死んで伝説となった。

日記を読む限り最後まで死を意識する感覚はなかった。病と死の間には大きな壁がある。それをふとした瞬間に、まるで壁に自動ドアでも付いているかのように突然命が失われる。彼女は21世紀を迎えなかった。

 

まさに90年代の女子高生文化の中に彼女は位置するようでいて、どこか普遍性がある。Coccoをカラオケで熱唱して、テレホタイムにはまり、FFが発売されて、渋谷に行って、それでも没頭しているわけではない。時代の空気から抜け出してクスリに溺れてでもそれを言葉に落とす中で客観視している。だからその結末は意外で悲しい。

 

死後、ネット上に追悼掲示板が設置された。オフィシャルページはいまも公開され続けている。

 

南条あやは亡くなったけれど、きっとまだこの世にいる。乱反射して届けられない真っ白な言葉がたくさんある。それを掬い取りたい。細く傷ついた青白い手首を強くつかみとりたい。それは強欲だろうか。それでもいい、それでも。