古墳に入りたい

大学生活も残り半年でございます

ピンク×映画

どんな映画が好きですか?

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先週末までテアトル新宿でやっていたop pictures+

OP PICTURES+ 公式サイト

2週間で13本のピンク映画が上映された。R18の作品を編集によりR15にして、 より多くの人に見てもらおうというプロジェクト。結局見たのは3本で舞台挨拶は人生初だった。

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 突然の濡れ場、低予算ゆえの雑な作り、監督ごとに異なるテーマ。ピンク映画って意外と面白い。

見たのは「方舟の女たち」、「恋愛図鑑」、「出会ってないけど、さようなら」の3本。内容はとても書けない。空前の話題作「夫がツチノコに殺されました。」や戸田真琴出演の「コクウ」も見たかった。ちなみに本当はR18版のエグいタイトルがついている。もちろんここには書けないけれど。

洋画では性が理想化され邦画では忌避される。他方ピンク映画においては性が根本的なものであり一見AVとの間の線引きが無いように思われる。事実出演する女優はAV女優が多いしファンも基本的には4.50代男性だ。それでも映画として楽しめるというのは不思議でもある。

ピンク映画といえば日活ロマンポルノが有名だが、それは一種のノスタルジーや芸術として語られてしまいがちだ。今のピンク映画の最大手である大蔵映画がこのようなフェスを行うのには大きな意味がある。チャレンジングで自由な映画の表現は最早ピンクのフィールドにしか残されていない。ピンクという隠れ蓑のもと生き残る自由な表現。それらはオジサンのものからより広い世界に解放されるべきだ。

 

web、特にtwitterはAV女優のようなピンクの世界と、グラビアの世界と、タレントの世界と、地下からメジャーまでのアイドルの世界と、そして素人の世界を一つに繋げた。アップされる写真は、「女の子」としてもしくは「おっぱい」として平等に見られる。それはピンク側の人からすればパブリックイメージを向上させることに繋がるかもしれない。吉原において格上の遊女が力を持ったように一流のAV女優はAV女優以上のものになるかもしれない。

ピンク映画は身体表現という点でとても面白いし、彼女たちにとって可能性溢れる舞台だろう。ただ、演技が棒読みでわざとらしいことを観客も期待する。それは一種の安心感だ。女優が一流の演技者ではなく素人であることによってファンタジーであり続けることが可能になる。それは男性=観客の醜さだと思う。現実的なドラマのテーマを、非現実的な劇として処理してしまう。皮肉や風刺はできたとしてもピンクは表現としてメジャーになれないしなってはいけない。でも、広めたい価値がある。そのジレンマがややこしい。

 

僕が今考えていることは、過剰に綺麗な世界に反抗することだ。2020年に向かってエロ関連は確実に衰退する。日本社会自体が生み出す時代から朽ちていくフェーズに入って久しい。

個人の生存戦略を考えると、例えば草食系も結婚しないのも正しいのかもしれない。でも、正しさを超えた欲望(動物らしさ)を失いたくない。

 

たとえば表現について、自由であることが欠かせない根拠ってなんだろう?憲法の話ではない。もっと根本的に。僕はそれを進化に見出している。隕石が飛んで来た時山に登るか海に出るか。自由であればどちらも選べる。結果生まれる多様性は種を存続させ進化させる。だからどんなミームも生きているべきだしそういう世界であってほしい。

ロマンポルノに対する郷愁は一方でエロを殺す。春画は美術館ではなくベットの下のエロ本であり続けるべきなのだ。いうまでもなく、男の子の部屋のエロ本文化も廃れてしまったが。文化なんて基本的には毒だけど、その毒によって人類は救われるかもしれない。そもそも人間は禁断の果実をうっかり食べちゃうやつらの末裔なんだからね。

 

ピンク映画はなかなかにエロい。でもそういうものを肩を並べて見る文化がまだ生きている。それは奇跡かな。上手くない、綺麗じゃない、(売れない)ものこそ大切に。自由な表現として、人間らしさのノイズとして、ピンク映画フェスはまた来年ですね。