古墳に入りたい

大学生活も残り半年でございます

ぼくの築地論

  • はじめに

2017年6月現在、築地はまだある。
ご存知の通り、昨年の11月に移転されるはずだった。しかし今も、活気に満ち観光客が押し寄せる。

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豊洲移転をしつつ築地を活かす。迷走の末導かれた都知事の提案は論争を巻き起こした。移転問題は都議選の大きなテーマとなっている。

築地、東京を代表する観光地にはいつかは行こうと思っていた。だが、行くことはなく、遠くで起きている問題として移転問題を見ていた。けれども新しい結論が示された時、本当に無くなってしまうということに不思議な焦りを感じた。ぼくは築地の何も知らない。それなのに築地は古いとか、豊洲の汚染だとか言ってしまう。ぼくの中に築地はなかった。だから自分が考える築地を自分の中に作りたい。そう思った。


青土社が出している現代思想という雑誌が築地特集を組んだ。

 

現代思想 2017年7月臨時増刊号 総特集◎築地市場

現代思想 2017年7月臨時増刊号 総特集◎築地市場

 

 

冒頭、中沢新一の言葉に鳥肌がたった。

築地市場は、本当はまだ誰も気がついていないだけで、とてつもなく素晴らしいものなのではないか」

 

今、誰も知らない築地を伝えるために、本や映像が作られている。でも、足りない。本当に築地が生き残るには、築地の価値を残すには力が足りない。
内側の言葉はそれを愛する者にしか届かない。築地を知らない、愛していないものの中に愛を生むこと、好きになってもらうこと。それが、究極の目標だとぼくは信じる。
そして、ぼくは別に築地を好きではない。思い入れもない。それでも残したいと熱く思ってしまった、その体験記を記しておく。

 

  • 築地に行く

深夜1時半ごろ、築地市場に到着した。敷地はとても広いため、目的のお魚普及センターにたどり着くのに手間取った。晴海通り沿いの門の近くには、すでに20人以上の外国人観光客が並んでいる。受付は午前5時ということになっているけれど、たいてい繰り上げになる。2時くらいには見学者用のベストが配られ、公民館のような建物に詰め込まれた。観光客たちは硬い床に座り込んだり寝転んだりして思い思いに時間を待つ。日本語はほとんど聞こえない。

市場の入り口は深夜だというのに大きいトラックや車が次々に入ってくる。自転車でふらっとくる人、美しく光る高級車、くすんだボロい自家用車。それぞれの目的を持ってプロフェッショナルたちが築地にやってくる。

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4時ごろ、仲卸が1人やってきて築地市場とマグロのセリの説明をはじめた。すべて英語で、ジョークも多く盛り上がる。質問コーナーでは、フクシマについてや漁獲量についての質問も出ていた。集まった外国人たちは職人へ尊敬の眼差しをむける。

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5時20分ごろ、見学開始。見学路はないので、警備員がターレットやトラックが通らない隙に約60人の見学者を誘導する。

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そして、マグロのセリを行う場所につく。凍ったマグロが並んでいてとても寒い。仲卸は鍬のような道具でマグロの尻尾を少し掘り、赤い肉を手にとって品質をみる。また、胴体の上には切った尻尾があって、ライトで照らしながらどれを買い付けるのかを決めているようだ。

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鐘を鳴らし、セリが始まる。なんと言っているのかよくわからない怒鳴り声、それに応答して手でサインを送る仲卸。あっという間に終わり、マジックで買った人の名前がマグロに書かれていく。

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写真も一通り撮り終わり、帰る時間がきた。市場内はより忙しい時間になりなかなか道路を渡れない。
警備員にベストを返したら終了。場内の食事処にはすでに行列ができている。
海鮮丼を食べた。築地で食べるとやっぱり美味しいなぁ。

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  • 築地を考える

築地はプロフェッショナルがはたらく場所だ。と同時に観光地であり、度々マナーの悪さが問題になっていた。しかしマナー云々の前に、ここが観光客にショーを見せる場所ではないという前提がある。それは観光客側からすれば、不慣れな戸惑いを感じることだ。もっと言えば、排他的だ。いや、他の物流センターや市場というものはそもそもクローズドであるのが普通だろう。むしろ、問題を含みつつも見学を受け入れる築地が特殊かもしれない。
観光地を考える上でこれはとても重要なことで、均質化していく世界の中で固有性を保てるかが焦点になる。それは、ぼく自身が金沢東茶屋街の論文で考えたことだった。一見さんお断りのような、ここでしか通用しない論理がむしろ価値を持つのだ。予め開かれている空間はつまらない。だから築地の素っ気なさはむしろホンモノの証だ。ターレットが激しく行き交う道には独自のルールがある。その混沌の中に生きる秩序を見るとき、人は感動する。

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職人は観光客をちらりとも見ない。彼らは真剣そのもので、マグロと向かい合う。中沢新一は築地の、彼らの暗黙知が失われることを危惧していた。そしてマスコミは築地を知らないし考えない。混沌の中で、規律が保たれている、福岡伸一動的平衡と言わしめた築地のおもしろさは、豊洲ではきっと失われる。それは建築思想的な問題もあるし、仲卸側のモチベーションもある。

今後魚の需要はますます縮小する。それでも移転はきっと実現するだろう。食のテーマパークとしての築地構想は滑る予感しかしない。なぜなら築地はテーマパークではない。あくまでも、労働の場所だからだ。教育の場にも、ノスタルジー空間にも、商業施設にもなって欲しくない。なにか考えなければ。その未来を生きるは僕たちなのだから。

古いものを壊して新しくする。それはまるで、古くなって朽ちていく自分自身を否定することのようだ。政治も、何も知らずにシンボルとエンタメしか語らない。そうではなくて、築地はもっとリアルな商売の場として立ち上がってくる。切り離された世界を繋ぐ、嫌いな人が好きを語る。難しいけれど、目指すべき山が見えている。

 

ぼくが考える未来の築地の姿。現状二つ考えられる。

豊洲に文化を育む

豊洲は観光客の受け入れを考慮して作られている。業者の数は今よりも絞られるだろうが、新しい文化を生み出していく可能性がある。ただし構造的欠陥から仲卸の力は発揮されにくく、また風評被害は避けられない。無機質な豊洲が賑わいのある場所になるのか、それとも物流センターになってしまうのか、試されている。

②再築地化に期待する

2020に向けて築地維持は不可能だろう。

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小池案のように築地が食のテーマパークとして整備された時、それはどんな姿になるだろうか。文化と生活は切り離せない。新たなる文化拠点として、小綺麗さではなく動的な築地を再現できるのか。

 

築地は一度死ぬ。

だが、オリンピックの混乱の後新しい東京を語り直すために、築地は一つのシンボルになりうる。

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その日まで、築地の男たちが生きられる場所は豊洲にあるのだろうか。

それとも彼らは仲卸を辞めてしまうのだろうか。

失われていくのは、人。

それを忘れてはいけない。