古墳に入りたい

大学生活も残り半年でございます

人間の言葉

素直で、ねじくれてて、苦しくて、でも心から好き。

いい文、いい言葉に出会った時、鳥肌がたつ。

同世代の、稚拙で、生々しくて、共に生きてきた同じ時間をそっと重ねるような。

名言なんていらない。君の言葉があればいい。

 

 

励まさない。

苦手だから。自分だって苦しい、どこまでやったって、僻まれたって、生まれ直せないんだから、苦しい。自分が世界一苦しいっていう認定を誰かがくれればいいのにね。あなたは、世界30億3547万4265位の不幸人間です。神様がそういったとき、君はどうする?人でも殺して29億くらい順位をあげる?

頑張れって言ったらいいの?あなたならやれる?そんなの分かんないし無責任で、いつも迷ってしまう。

ありのままで、なんて言いたくない。きっとそのまま腐ってしまうから。

 

夏至。そっか今日はそうなんだ。

夏に至ることがこんなに怖いなんてね。

考えたこともなかった。

 

この世界から悲しみがなくなればいいって思ったとき、ぼくはつねに我儘だ。なにが悲しみを生むかも知らず、なにが悲しみを癒すかも知らず。愛を語るとき、なにかを志向するとき、人はすでに身勝手だ。

 

東尋坊で、身を投げようとする人を前になんて言葉をかけよう。自殺を止める言葉で検索していろいろクサイ台詞は見つかるけれど、死にたい人は止められないのだ、というのがおおよその結論らしい。言葉じゃ届かない。状況次第では、殴って気絶させるのがよさそうだ。

しかし、崖の淵でその人自身が一歩生に引き下がらなければ、死ぬとする。もう言葉しかない。あるいは、LINEでもいい。遠くの誰かが息を引き取ろうとするときなんてうつ?

生きろ、生に執着しろってのは不合理。

だって生きた結果その人はそこにいるんだから。生きてみてダメだと思ったからそうなってる。

だから、気楽に生きろとか生の価値を下げるのも無意味だ。生きても死んでも同じなら死を選ばない理由にはならない。

悲しむ人がたくさんいる、ってのは無責任かな。たくさんってなに?量より質でしょ。

 

「お前が死んだらぼくが困る」

そんなチャンスがもしぼくに巡ってきたらこう言うことに決めている。

我儘には我儘だ。なんで、どうして困るの?って言われても、そんなもん分かんないよって答える。我儘に説明責任はない。

 

言葉しかないから、仕方なくそうしてるんだ。きっとみんなそう。

この世界におきるたいていの悲しみは時に人を殺すけど、死なれちゃ困る。そんなの寂しい。

言葉は外から来るけれど、それはもう君のもの。

夏は来るけれど、きっと涼しい風も吹くし、夜はとても綺麗だ。

(2017.6.21)