古墳に入りたい

就活日記

すごい!、かっこいい!❤️って言ってしまう人たちへ

「えー!〇〇大学なんですかー、頭いいじゃないですかー」

「〇〇目指してるんですか!かっこいいー」

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なんて言われることが就活始めてからよくあって、その度に反吐がでる思いがする。きっと彼(女)らは、純粋にすごいと思ってるのかも知れないけれどどうしても勘ぐってしまうのだ。

そして、必ず

「私なんて……」

という自虐か謙遜かよくわからないことをおっしゃる。きっちり自分を下げて相手を上げて安心するのだ。同じ人間なのに、別に歳だって変わらないのに。ましてや性別なんて持ち出さなくていいのに、下手に下手に出ようとする。それがあなたの社会性なのねって思うけど、本当は自分が大好きなのはバレバレよ。

 

すごいって思わなくてもすごいって言う。いいと思わなくてもいいね!する。なんでもないのにスキって押して、LIKEかNOPEで人を判断する。そんなことに慣れすぎて、うまくいきすぎて、 心地よいコミュニケーションのスタイルは再生産される。

 

時々、ぼくはそれに抗いたくなる。

「本当は馬鹿にしてるんやろ?」

なんて言いはしないけれど、別にアドラーを信奉するわけでもないけれど、人間の平等だけは信じているから。

自分を下げることは、相手を孤独にすることだ。相手を自分とは違う(上位の)存在として切り離してしまうことだ。お互いを理解できなくなることだ。そんなの寂しいよ。心的負荷を避ける賢い生存戦略だとは思うけど、それでも心と心を擦り合わせるようにコミュニケーションするのが人間だと思いたいんだ。

 

じゃあ、なんて言えばいいの?って思った時、ぼくは「面白い!」がいいと思う。面白いってのは、目の前が真っ白になって、明るくなることだ。良いか悪いかという価値判断ではなく、明るい光を浴びた状態だ。それは、若干馬鹿にしたというより評価者が上に立つニュアンスがある。それは一対一の、目の前の関係性だから、ぼくは面白いって言われるのが一番好き。

 

そう、安易にすごい!とか、かっこいい!とか言わないで欲しい。だって君だって、あなただって十分すぎるほどにすごい存在なんだから。

「生きろ、そなたは美しい」

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その美しさから逃げないで欲しい。

その逃げを人にぶつけないで欲しい。

ぶつけていいのは、あなた自身の輝きよ。

その光をたくさん照射して、ぼくの視界を真っ白にしてほしいんだ。

 そしたら、「面白い」って言ってあげるから