古墳に入りたい

就活日記

紗倉まなは、社会の外側から

性と聖が同じ音を持つのは偶然じゃない

それは、sayもそうだし静もそうなのかもしれない

言語学的に否定される結びつきは、直感的には強力だ

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そんな言い古されたことはどうでもよくて、

社会に縛られて苦しい!って瞬間が誰にでもある

当てはめないで! とか

自由にさせて!とか

 

文化というのは、当てはめることを学ばせるとともに、当てはめないことも伝える

公共的なものよりもアンダーグラウンドのほうが面白いのはそういうこと

そもそも社会の中で生きてるのは、そのほうが楽で心地よいからであって、今だけを生きているならそこから脱したって構わない

逸脱は生存戦略からすれば、誤りかもしれないが、逸脱がなくても集団は滅ぶだろう

ならば、逸脱は集団にとって変化をもたらす(外から革命がくる)

 

だから、相対化するものとしてボーダーを超えたり、枠の外にいるものは注目されてきた

アジールとか、後醍醐天皇における悪党とか、知識人とか

そりゃあまあおもろい研究がたくさんあるわけで

 

なんで、そんな話を思い出したかというと、それは紗倉まなのせいだ

 Have a Nice Day!(ハバナイ)「Fantastic Drag feat.大森靖子」 - YouTube

 

彼女はAV女優であり、小説家であり、

あるものでありながら、同時に何かである、それが彼女の魅力

ちなみに小説は未読だけど、きっといつか必ず読む

 

 

最低。

最低。

 

 

そんな彼女の姿は、 吉原の花魁が文化の力によって影響力を持ち尊敬されたこととダブる。

男性の性処理の対象として蔑まれる存在が、当たり前の貞操の世界を飛び出たことで獲得した何か

それはとても美しい

 

狂乱が聖者と紙一重であったように、淫乱は文学と一致してしまう

 

僕たちはいつも、飛び出したい!と願っている

だから大学生はインドにいく

そして、日本に帰る

飛び出したんじゃなくて、飛んで戻った何かにしかなれない

 

ヒッピーだの、なんとか族だの、フォトジェニックだの、別のなにかへの欲はキリがない

ありのままの、ありのままでないなにかへ

 

飛ぶ鳥は普通落ちたりはしない

気まぐれに飛行隊形を変えてみるだけだ

結局綺麗に遠くに飛んでいく

でも群れの中の一羽が、病なのかなんなのか気分でも変わったのか下降して、新たな土地に生きるかもしれない

そして鳥に夢中になっている間に、蛇が確かな生命を育んでいることを見落とす

 

きっと、そういうことだ。

性たる紗倉まなは聖になった。

でも、それは小さな出来事でしかない

その尊さを、社会の外から生まれるものを大切に育てなければいけない

 

蛇の悪から目を背けてはいけない

蛇もまた生きているのだ

そしてその生はとても、おもしろいよ

 

 

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うだうだーっと書いてて思った、

最果タヒちゃんが内面化されてる!?

そして僕はひどく疲れているらしい