古墳に入りたい

就活日記

リアルしか歌わねえ

MC漢という男がいる

職業はラッパー

a.k.a GAMI、株式会社鎖グループ代表

f:id:sakurai104:20170523085733j:image

 

いかつい風貌とフリースタイルのうまさで知られ、いかにもやばい雰囲気が漂っている

 

曰く、

「新宿スタイルはリアルしか歌わねえ」

 

彼はアンダーグラウンドビジネスでたんまり儲け、それを歌にしている

そしてなによりも、「刺す」という歌詞を現実にするべく、本当に刺した事件はあまりにも有名だ

 

日本的なタテ社会とヒップホップのヨコ社会

その間をいくナナメ社会を提唱する漢は、実力と仁義で生きてきた

 

歌になるのは全てリアル

逆に歌ったことはリアルにする

そんな漢の思想は徹底されている 

 

 

でも、リアルしか歌わないことはとても難しい

例えば、アイドル戦国時代において歌われる数々の恋の歌は誰にとってリアルなんだろう

もっと言えば、恋愛禁止の48グループが歌う恋愛の歌は存在自体が矛盾している

f:id:sakurai104:20170523090006j:image

「君が好き」は、

お金を落とす君なのか?

主体は秋元なのか?

ずっと疑問だったし、謎だった

 

作詞家と歌い手が分離する状態では、その歌の意味は宙に浮く

漢の思想からすればそれは許しがたいことだ

いいことを歌うならいいことを、悪いことを歌うなら悪いことをしなければいけない

 

 

似たようなことは、活字の世界でも起きる

主人公に自分を投影していく、つまり自分のことを仮託して書くのは、名作の要素だろう

だから、文豪は劇的な生を、死を経験しなければならない

ロックアーティストが書いていい文章はロックな生き方だけだ

 

それは、作家にとって1つの限界でもある。

彼自身の人生の物語の力によってヒットした作家は、その成功によって 劇的な物語の種を失う

メジャーデビューしたアーティストが歌うことがなくなって、くだらない歌ばかり作るように

 

その壁を乗り越えることこそ、プロとアマを分けるものかもしれない

私というリアルな存在を離れて、架空のリアリティを生み出すこと

それがクリエーターの必要条件なのだろう

 

尾崎世界観の歌詞が示唆的だ

バンドより

バンドなんかやめてしまえよ

 伝えたいなんてかいかぶるなよ

 誰かに頭を下げてまで

 自分の価値を上げるなよ」

そう、伝えたいことなんて突き詰めたら本当はないかもしれないし、

ABCDCより

「退屈並べてわかってるような顔して 日常を切り取ったとか思っちゃって」

日常切り取るなんてもっと痛々しいことだ

 

ヒップホップはその点、リアルな空想を描き出すプロよりも、現実に根ざしていることが重視される

ライムスターだってグレートアマチュアリズムというアルバムを作っているし

MOROHAも「革命」の歌詞で、

「ヒップホップもロックもジャンルじゃない それは魂の名前だ」

と歌っている

f:id:sakurai104:20170523102704j:image

 

そんなヒップホップのあり方は、イスラムに近いなぁって思ったりする

コーランも、生活規範としての面が強いし、イメージにすぎない物語に依拠するんじゃなくて、具体的にどう生きるかを考えている

 

そう、 漢の自伝『ヒップホップドリーム』は彼の生き方を描いた本だ

 

そして僕はこれを読んで、やっぱりノンフィクションのほうが好きだし可能性を感じると思った

誰かの空想よりも、君のリアルのほうがきっと面白い

問題は、そんな面白い日常の面白さに自分も他人も気づかないことにある

だから、誰かが、小さなステージで輝く人生を認めてあげなきゃいけない

僕は君のリアルを歌ってほしいんだ

 

ラッパー達は自分のことや家族のこと、仲間のことを歌う

それは歌うことによって、自分のアイデンティティを確定することだ

それは、ラッパー以外にも本当は必要なことだと思う

 

 

エンタメの世界には、リアルとフェイクがある

この2つが、うまくクロスオーバーしていたのが、文学って奴かもしれない

でも、僕は文学に期待しない

 

どこにでもある、そこにしかないエモさをリアルとして歌ってもらう

そんな仕事をしたい

 

 

リアルを歌ってリアルを生きる

まじリスペクトっす