古墳に入りたい

大学生活も残り半年でございます

(不)可能性の臨界 ー永遠の愛を誓わないでござる

大澤真幸用語

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この本を読みました

現代日本の社会学的には大澤真幸は本当に凄い人

ですが

本筋には関係のない話を

 

 

(不)可能性の臨界とは

形式的には可能だが、実質的には不可能な選択を前提にして、すべてのことがなされる。

筆者は例として

結婚式の宣誓💒をあげることをあげている

 

 

ここから

(不)可能性の臨界をぶち壊す面白さに気づいたので妄想した

 

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神父

「ゲスさん、あなたはこの女性を健康な時も病の時も富める時も貧しい時も良い時も悪い時も 愛し合い敬いなぐさめ助けて変わることなく愛することを誓いますか」

 

ゲス👱「うーーん、確信はないですね」

 

神父

「乙女さん、あなたはこの男性を健康な時も病の時も富める時も貧しい時も良い時も悪い時も愛し合い敬いなぐさめ助けて変わることなく愛することを誓いますか」

 

 乙女👩「確信はないですねー」

 

 「あなた方は自分自身をお互いに捧げますか」

 

新郎新婦「イエスかノーで言えば、どちらでもないですねー」

 

かくして、式はグダグダに終わったが、のちにゲスさんと乙女さんは不倫云々で離婚に至るとする

ならば、形式的誓いよりも不可能な選択を取ったことが真実なのではないか

 

 

妄想は置いておいて

 

(不)可能性の臨界はアメリカ社会における銃規制や日米関係にみられるという

政治の領域から言えば、ノーと言われることをあてにした主張(例えば安保破棄を訴える政治家)もある

大澤真幸は、この(不)可能性の臨界を超えていく論理が日本史上にあることをこの本で示したわけで

 

 

でも、僕が好きなのは枝葉なので

結婚の誓いに戻ると

ここで(不)可能性の臨界が超えられると

ゲス「ノー」

という発言が結婚関係そのものを変えていく(革命)わけだ

ゲスさんの不倫は社会的に許容され、結婚の儀式の持つイニシエーションとしての意味合いも変わる。

 

それってとても面白いことだ

社会変革を目指す!のではなくもっとプライベートな領域に革命が起きること

もちろんそういうことは時間が経つとともにたくさん起きている

 

結婚とは愛を誓うことではない!と

意識的にその臨界点を変えていくこと

それは冒険的でワクワクする

 

自分がそんな危険な結婚式の実験台になりたいとは思わないけれど