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古墳に入りたい

就活日記

やっぱり筋トレ宣言

※この記事は半裸で書いています

 

きんにくん に対する画像結果

 

夏が来る。

 


「じゃっ夏なんで」かせきさいだぁ

梶井基次郎檸檬の中に出てくるような街の中は 

埃っぽい匂いが立ち込める通り雨の後で

 

 

夏が来るから、筋トレをしようと思った。

 

 

でも、どうして人は筋トレをするんだろうか

 

この場合の人とは、一般的な人でもあり僕自身でもある。

 

 

イチロー曰く

 

確かにその通りだ

でも、健康ブームと相まってジムは一大産業になっている

そしてあの松本人志すらムッキムキになったというのだから

 

もしかすると、わざわざ負荷をかけて体を鍛えるという行為には人間らしさがつまっているのではないだろうか

 

 

いくつかの理由を考えてみた

1健康のため、2もてたい、3快楽

 

1健康ブームってやつ

血圧を下げるとか、運動系をどうにかするとか、脂肪を燃やすとか

ただし健康には際限がない

どこまでやれば健康なんだろう

ジム産業にとってはありがたいことに、現代病の根は深くジムに通いつつも健康目標を完全には達成できない人は多い

でもやらないよりはやったほうがましなのは確実だし、ヨガなんかをやればメンタルの健康にはつながる

 

2モテ

欲望が外部に向いているパターン

別に異性間のうんちゃらじゃなくても、よく見られたいとか

たぶんこの本にもいっぱいのってるはず

筋トレが最強のソリューションである マッチョ社長が教える究極の悩み解決法

筋トレが最強のソリューションである マッチョ社長が教える究極の悩み解決法

 

 

3快楽

僕が一番書きたいのはこれ!

欲望が自分に向いてるパターン

筋トレとは、どMの所業であり自己愛だと思うのです。

 

ジムでは半裸(時に全裸)で鏡に向かい合うおっさんが多い。

それっていわゆるナルシストってやつじゃん!!

って初めは思ってたけど、やっぱり自分もやっちゃう…

 

トレーニングは苦しい

その苦しみを乗り越えた結果がでると嬉しい

当たり前

じゃあなんでわざわざ苦しいことをするのかっていう話ですね

人間の欲望は限りないからなあ

 

 

  •  考察?

筋トレブームは、自己への欲望を正当化する時代をうつしているのかもしれない

それは他の人に承認されることで確立される「モテる自分」から離れて、むしろ身体的な自己(生物)に回帰するプロセスだ

 

それは、ファッションだってだれかの内面化したまなざしに応えるものじゃなくて、自分のことは自分で判断するって空気がある気がする(あんまり詳しくないけど)

 

身体志向という意味では、タトゥーなんかもある

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瓜田純士

 

痛みを伴っていることが重要なんだろうね

その点では筋トレに似てるとも思う

勝手なイメージ、タトゥー入れてる人は筋トレしてそうだし

タトゥーは自然の肌から離れる行為だから、身体を文化的なものに変えること

そうすると、筋トレも自然回帰ではないことになる

イチローの言葉を思い出せば、筋トレって不自然

やっぱ人間的な快楽なのかなあ

 

 

  • 僕自身は??? 

で、ようやく

じゃあ自分はなんで筋トレするのっていう疑問たどり着いた

 

1つ明確なのは、結果よりもプロセスが重要であること

つまり、健康とか数値とかモテそのものとして結果がでるからやるのではなく、筋トレそれ自体に価値を見出していること

一言で言えば楽しいということ

 

とはいえ、就活後もジム通いを続けるうえでは目標も欲しい

 

数値的なあれとか、週何回行くとかもあるけれど、やっぱり観念的な人なのです

だから、身体性の回復!

なんて言ってみる 

 

人間は体ありきで生きている

なのに、脳、特に新皮質頼りすぎてしまう

実際には口角を上げることで、気分が良くなってしまうように

カラダ→ココロ

の動きをもっと大切にしなきゃいけない

 

じゃあどんな身体を得たいのか??

そこも観念的に、イメージ的に言えば、

絵になる身体?

別にバッキバキのムッキムキになれるとは思わない

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最低限腹筋は割れていたいとかはあるけど

なんというか

自分であろうとする欲望を受け止めた身体を作りたい

 

だから夏近辺に僕の身体を見ることになる幸運な?人がいたらご期待???

 

 

 

あ、やっと服を着ました

 

宣言しておけば きっとストイックに筋トレを続けられると信じて

 

 

 

 

 

 

リアルしか歌わねえ

MC漢という男がいる

職業はラッパー

a.k.a GAMI、株式会社鎖グループ代表

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いかつい風貌とフリースタイルのうまさで知られ、いかにもやばい雰囲気が漂っている

 

曰く、

「新宿スタイルはリアルしか歌わねえ」

 

彼はアンダーグラウンドビジネスでたんまり儲け、それを歌にしている

そしてなによりも、「刺す」という歌詞を現実にするべく、本当に刺した事件はあまりにも有名だ

 

日本的なタテ社会とヒップホップのヨコ社会

その間をいくナナメ社会を提唱する漢は、実力と仁義で生きてきた

 

歌になるのは全てリアル

逆に歌ったことはリアルにする

そんな漢の思想は徹底されている 

 

 

でも、リアルしか歌わないことはとても難しい

例えば、アイドル戦国時代において歌われる数々の恋の歌は誰にとってリアルなんだろう

もっと言えば、恋愛禁止の48グループが歌う恋愛の歌は存在自体が矛盾している

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「君が好き」は、

お金を落とす君なのか?

主体は秋元なのか?

ずっと疑問だったし、謎だった

 

作詞家と歌い手が分離する状態では、その歌の意味は宙に浮く

漢の思想からすればそれは許しがたいことだ

いいことを歌うならいいことを、悪いことを歌うなら悪いことをしなければいけない

 

 

似たようなことは、活字の世界でも起きる

主人公に自分を投影していく、つまり自分のことを仮託して書くのは、名作の要素だろう

だから、文豪は劇的な生を、死を経験しなければならない

ロックアーティストが書いていい文章はロックな生き方だけだ

 

それは、作家にとって1つの限界でもある。

彼自身の人生の物語の力によってヒットした作家は、その成功によって 劇的な物語の種を失う

メジャーデビューしたアーティストが歌うことがなくなって、くだらない歌ばかり作るように

 

その壁を乗り越えることこそ、プロとアマを分けるものかもしれない

私というリアルな存在を離れて、架空のリアリティを生み出すこと

それがクリエーターの必要条件なのだろう

 

尾崎世界観の歌詞が示唆的だ

バンドより

バンドなんかやめてしまえよ

 伝えたいなんてかいかぶるなよ

 誰かに頭を下げてまで

 自分の価値を上げるなよ」

そう、伝えたいことなんて突き詰めたら本当はないかもしれないし、

ABCDCより

「退屈並べてわかってるような顔して 日常を切り取ったとか思っちゃって」

日常切り取るなんてもっと痛々しいことだ

 

ヒップホップはその点、リアルな空想を描き出すプロよりも、現実に根ざしていることが重視される

ライムスターだってグレートアマチュアリズムというアルバムを作っているし

MOROHAも「革命」の歌詞で、

「ヒップホップもロックもジャンルじゃない それは魂の名前だ」

と歌っている

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そんなヒップホップのあり方は、イスラムに近いなぁって思ったりする

コーランも、生活規範としての面が強いし、イメージにすぎない物語に依拠するんじゃなくて、具体的にどう生きるかを考えている

 

そう、 漢の自伝『ヒップホップドリーム』は彼の生き方を描いた本だ

 

そして僕はこれを読んで、やっぱりノンフィクションのほうが好きだし可能性を感じると思った

誰かの空想よりも、君のリアルのほうがきっと面白い

問題は、そんな面白い日常の面白さに自分も他人も気づかないことにある

だから、誰かが、小さなステージで輝く人生を認めてあげなきゃいけない

僕は君のリアルを歌ってほしいんだ

 

ラッパー達は自分のことや家族のこと、仲間のことを歌う

それは歌うことによって、自分のアイデンティティを確定することだ

それは、ラッパー以外にも本当は必要なことだと思う

 

 

エンタメの世界には、リアルとフェイクがある

この2つが、うまくクロスオーバーしていたのが、文学って奴かもしれない

でも、僕は文学に期待しない

 

どこにでもある、そこにしかないエモさをリアルとして歌ってもらう

そんな仕事をしたい

 

 

リアルを歌ってリアルを生きる

まじリスペクトっす

 

 

 

 

内田洋行 という会社

名前がかっこいい

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地味に選考受けてました第2弾?

グループワークやったけど、この先選考を続けるつもりもないので書く

あんまり派手じゃないけど優良企業というのもこの世には沢山あるわけで、僕はこの会社こそその代表だと思う

 

出会いは、キャリア支援室での面談で某N山先生と学内説明会について相談していた時だった。

流石就職優良大学だけあって、3月1日から1週間、名のある大企業の説明会がずらずらと並ぶ。

とはいえ金融とかデベとかメーカーとか、ぶっちゃけ自分に響く会社は全然ない

N山さん曰く、君は採用担当者とか会社の建物を見て、好きだ!と思い込んだら受ければいいし、思わなければ受けない方がいい、とのこと

確かに、その通りで直感的に好きだと思えなければきっと働き始めてもつまんないと思うんだよね

僕の就活、特に受ける会社選びは、小さくても自分が生きやすい場所を探すことでした

 

内田洋行という名前は全く知らなかった

説明会は端っこの小さめの教室

蒸し蒸ししていたのをよく覚えている

そこに立っていた採用担当は、えなりくんみたいな雰囲気だった

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あぁ、えなりくんがサラリーマンになったらこんな感じかと妙に嬉しくなる

だから僕はこの会社を受けた

 

事業内容はオフィス機器、ICT教育など

UCHIDAはBtoBでは有名なブランドらしい

かつ、IT分野の伸び代も感じた

八丁堀が最寄りの東京本社は小綺麗で、穏やかな社員さんが多そう

実際説明会に来ていた新卒の先輩も穏やかそうな人だった

 

何処にもいく会社がないなら、ここで幸せになるという選択もある

入社せずとも一緒に仕事したい

 

僕のイチオシ企業です

 

砂の町の銀座

東陽町まで行ったので

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砂町銀座商店街まで足をのばしました

 

砂町はもともと海岸の寄り洲であった所を砂村新四朗が開発した場所

江東区近辺は江戸時代に埋め立てが進んだ場所が多い。

太い道と広い空、遠くにスカイツリーが見え、大きい川が走る。

所々に昭和チックな団地や新しいマンションが開発されていて、下町感と郊外感が混ざり合った不思議な風景が広がる

僕にとって、江東区はかなりの部分が未踏の地であり、下町なら浅草のイメージが強いのだけど、門前仲町近辺もいつか行きたい。

同じ東京の東側でも、葛飾や足立とも雰囲気が違うし、北部の荒川区なんかとも違う。

繁華街としての錦糸町も、東京一危ないなんていう悪評を聞くばかりだ。

 

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砂町銀座商店街は細く長い

一番の人気店は魚勝

新鮮な魚介が格安で買えるみたいで、かなりの大混雑だ

奥に見える青いネオンがいい感じ

焼き鳥屋、おでんの具材屋さん、八百屋などなどまさに昭和の商店街

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赤札堂は東京、千葉のそのへんに店舗をかまえるスーパー

「三等切符で一等のお買い物」がモットーで、下町に溶け込んでいる

言い方は悪いが、寂れたスーパーというのはなにかこう人を惹きつけるものがある気がする。コンビニエンスストアのようなマーケティングの行き届いた空間に比べると、デットスペースが多すぎるし宣伝のわりに安くもない。それでも地元に愛されているというのはとても不思議なことだ。

地元民の足は自転車

電車の駅からは距離があるため、バスも使われる

 

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当然?パチンコ屋もある、ダイナムだったかな

客はおじいちゃんおばあちゃんばかり

TUCショップがパチンコ屋の隣の小道の奥にあるのが印象的だった

いまどきわかりやすい場所にあることが多いTUC

この、いかにも脱法感がエモい

 

それにしても、こういう場所に行くとものすごいうまそうに、それこそ大麻でも吸っているかの如く煙草を吸う人を見ることがある

あー、ニコチン中毒なんだなあって思う

でも今日は、デカビタを麻薬のごとく飲む老婆を見かけた

DEKAVITA Cは確かに、犯罪的な味かもしれないけれど、震える手で茶色いビンをつかんで懸命に飲む姿はなんともいえなかった。

 

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お昼は砂町あんかけやきそば

お酢をかけていただく

具材の多彩さがすばらしく、全国各地からいろいろな人が集まってこの町を作ってきたことと重なった

銀座ホールも改修を経ているようで、きれいでノスタルジア

三丁目の夕日ですね

 

 

東京にはいくつも、まだ生きている商店街がある

砂町は不便な立地ゆえに地元の生活に密着しており、ノスタルジアを軸に観光地化していく商店街や暗い場所として衰退するアーケード街と一線を画す

 

思うに、江東区の町並みは排他性をもつのではないだろうか。

ここは比較的古い時期に拓かれた場所であり、かつてニューカマーだった人々は定着し保守化した

一方、新開発地域としてのマンション群は公開空地をもちつつも、そこを訪れる理由はない

そう、訪れる理由がないことは大きいのだ

ここは住む場所であり、観光地でもビジネスの場所でもない

だから町の作りとして排他的に感じる

 

その排他的な空間の中に突然現れる一本の魅力的な商店街

それが砂町銀座だ

 

おまけ

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イテテッ

マスコミ漢字がんばります!!!!!!

漢字を勉強中なう

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でもいまいち覚えられない

昔から字も汚かったし、漢字は苦手で諺とか意味不明

マスコミででる漢字なんて、そんなの使うわないでしょ!!ってのばっかり

 

でも明日から筆記試験3連だし……

そこで苦手かつ出そうな漢字問題をブログに書いていくという勉強法?を考案しました

 

  •  読み

播種 はしゅ 種まきのこと、じゃあ種まきっていえよ!

跪く ひざまずく

頌歌 しょうか 神の栄光、君主の徳、英雄の功績などをほめたたえる歌

独活 うど うどの大木のうど 独活鈴木

月代 さかやき 時代劇とかでみる男性の髪型

訥弁 とつべん つかえたりする話し方 詭弁って読みがち

箴言 しんげん いましめの言葉 諫言と間違えちゃう

仄聞 そくぶん (人づて等によって)うすうす聞くこと。 側聞と同じ

指宿 いぶすき 薩摩半島の南端

碩学 せきがく 学問が広く深いこと。そういう人 けんがくって読んじゃう

烏有 うゆう まったくないこと 烏有に帰すって使いたいな

無音 ぶいん たよりがないこと ぶいんぶいーん

狷介 けんかい 自分の意志をまげず、人と和合しないこと

湯桶 ゆとう ゆとう読みってやつです

緑青 ろくしょう 塩基性硫酸銅の色

梗概 こうがい 小説・戯曲などの大要を短くまとめたもの。 使わないでしょー

 磊落 らいらく 気が大きく朗らかで、小さいことにこだわらない

椿事 ちんじ 思いがけない大事件

頒布 はんぷ ひんぷってよんじゃう

蠕動 ぜんどう 消化管の動き

衒う てらう 奇を―

公孫樹 いちょう 公の孫の木? みんなから可愛がられている的な

井蛙 せいあ 聖闘士せいあ

天稟 てんぴん  うまれつきの性質・才能。

快哉 かいさい 気持がいいこと。痛快なこと。 叫ぶ!

鎹 かすがい 子は―

瀟洒 しょうしゃ 豪奢と注意

暫時 ざんじ 漸次 ぜんじ は注意する

貪婪 どんらん たいそう欲の深いこと。ひどくむさぼること

誰何 すいか 相手が何者かわからないときに、呼びとめて問いただす Suica

只管 ひたすら 只 管 ??

斯界 しかい 社会、この分野 きかいって読んじゃう

直截 ちょくせつ  すぐに裁断を下すこと、ずばっ

有卦 うけ 幸運 宝くじ当たった、まじうけー

瑕瑾 かきん きず、欠点 課金しすぎるのが彼の瑕瑾だ

一家言 いっかげん その人独特の意見や主張。ひとかどの見識のある意見

阿る おもねる 貶す けなす 唆す そそのかす

怯懦 きょうだ おくびょうで気の弱いこと。 今日だけは怯懦じゃない

褒貶 ほうへん 褒めて貶して

巷間 こうかん 世間 巷でちまたって読む

宿酔=ふつかよい 

月旦=げったん、人物評、月初めにやったらしい

 

  • 難しい言葉、ことわざなど

深更=深夜、江湖=世間、指弾=非難、星霜=年月

弱冠=20、而立=30、不惑=40、知命=50、耳順=60

芳紀まさに18歳

当たり箱=硯箱

有りの実=梨の実

むらさき=醤油

 

六日の菖蒲(あやめ)十日の菊=時期を逃したこと

みそをつける=面目を失う

引かれ者の小唄=どうにもならない状況に陥った者が、負け惜しみを言ったり、開き直って平気なふりをすること、引かれ者=罪人

曲学阿世=学を曲げて世に阿る

髀肉之嘆=功名手柄をたてる機会がないのを嘆く

推敲=文章を練ること

夜郎自大=井蛙

時の氏神=ちょうどよい時に仲裁する人

他人は時の花=他人の好意は花のように儚いのよ

半畳をいれる=茶化す

なさぬ仲=血のつながらない親子

つついづつ=筒井筒、幼馴染の男女が結婚

三人虎をなす=うそからでたまこと(三人が虎!っていったら信じちゃう)

風馬牛=無関係(馬と牛は恋しない)

大時代=古めかしい、おおじだい

青嵐=青葉のころに吹く、やや強い風。

示寂じじゃく=菩薩(ぼさつ)や有徳(うとく)の僧の死。

木に縁りて魚を求む=でたらめ、手段が大事なんや

有為転変=無常

角を矯めて牛を殺す=角をまっすぐにしようとしたら牛死んだ!、小さな欠点を直そうとして全体がだめになる

埴生の宿=みすぼらしい家

慙愧に堪えない=恥ずかしいいいいいい!!!!

目に角をたてる(目角)=怒ってにらむ

換骨奪胎=他人の詩や文章を語句だけ変えて創作にみせる、だめでしょ!!

小田原評定=決まらない相談

愚公山を移す=馬鹿なことでも積み重ねたらなんとかなる

衣鉢をつぐ=奥義をつぐこと

累を及ぼす=巻き添えに

月に叢雲花に風=よいことには邪魔がはいりやすく、長続きしない

梁上の君子=盗人

宋襄の仁=無用のあわれみ

三世の契り=主従の縁、過去、現在、未来にわたる

 

  • 書き 気になる間違いを列挙

 逝く、非業、撞く、蒔く、忌憚、踏襲、漸次、誘致、褒美、語弊、悠々自適、憚る、侮る、脅かす、紛れる、惨め、誘拐、洗濯、自縄自縛、擦る、回顧、不詳、執る、尊属、滞納、批准、綱紀、癒着、収賄、完膚、猜疑、藻屑、惰眠、牽制、威嚇、寒心、標榜、豊穣肥沃、痕跡、強靭、贅沢、普請、司直、枯淡、洞窟、怨念、戦慄、傍証、捜査、倣う、破算、挨拶、長広舌、億劫、所詮、案の定、無我夢中、除夜、新進気鋭、一堂

 

ううーーん

限界を感じる

漢検準一級を勉強しておけばよかった(三級すらもってないけど)

Trainspottinngの20年

ほぼネタバレ

 

  • 前作の概要(あらすじ)

1996年、公開。80年代終わりのスコットランドを舞台にした映画Trainspottingは爆発的なヒットを記録した。ヘロイン中毒の若者たちが、悪事に手を染めながらヤク中から抜けられず、もがき続ける。

主人公はレントン。その親友でかっこつけているのがシックボーイ。いつもおどおどしているネズミ男みたいなのがスパッド。一番普通の青年がトミーで最も暴力的で危ない奴がベグビー。

監督はスラムドックミリオネアのダニーボイル。レントン役のユアンマクレガーは言わずと知れたアナキン・スカイウォーカー

ポスター

右から主人公レントン、スパッド、シックボーイ、ダイアン、ベグビー

 

80年代後半、スコットランドには金も希望もなく、どんよりした雲の下であるのはヘロインだけだった。

物語の軸にあるのは暴力。ヘロインで自分を殺しながら、金を得るために、けんかや盗みを繰り返して周りを殺していく。たびたびその悪循環からの脱出(禁ヤク)を試みる。が、失敗を繰り返す。

象徴的なのは赤子殺しだ。彼らのアジトにはアリソンという女性がいる。アリソンの赤ちゃんは、ヤク中たちがクスリに夢中になっている傍らで死ぬ。赤子の父はシックボーイ。そのショックを麻薬で紛らわせようとますます落ちていく。

 

唯一ヘロインに手を出さなかったトミーもレントンからクスリを買う。運悪く、注射針の使いまわしによって当時流行したHIVにトミーは感染する。

そしてスパッドは警察に捕まり、刑務所にはいることとなる。レントンは自宅に監禁され、禁断症状に苦しみながらもヤク中を脱する。

まともに生きようとレントンはロンドンで働き始めるが、ベグビーたちが押し掛けたせいで失業。スコットランドに戻るとトミーが亡くなったことが判明する。レントンは間接的に親友を殺したわけだ。なんど這い上がろうとしても、クスリからは逃れられない。

トミーの葬式後、ベグビーはロンドンでのビックな麻薬取引を提案する。目の前に転がり込んだチャンス。人生を変えるために、彼らは最後の悪事に手を染める。取引は成功。彼らは大金を手にした。

 

しかしクライマックス、レントンはほかのやつらが眠りこけている間に、その金を持ち逃げする。

「トレインスポッティング」の画像検索結果

 

この金で、「普通」に、まともに生きていく。

どれだけもがいても脱することのできなかった、イギリスの片田舎のスコットランドの悲惨なヤク中の世界から全力で逃げ出すレントンの姿に、胸を打たれるわけです。

 

  • 前作はなぜ売れたのか?

うーーん。20年前に生きていないから、それはわからないというのが正直なところ。

でもこれがすごいのは、ヘロインのいい面も悪い面も全部映画として表現できていることでしょう。幻覚をみている状態と、刺激の強い音と映像に曝される状態というのは本質的には同じだと思う。だから、クスリで飛んでいるときの気持ちよさとバッドトリップ、そして押し寄せる現実を登場人物と同時に体験できる。それって、薬物禁止だめぜったい的なビデオではありえないことでしょう。どちらが効果的はわからないけど……事実この映画を見て憧れて、バッドボーイになっちゃうやつが当時いたとしてもおかしくない。

かつ80年代後半のダンサブルな?音楽の使い方や、ユーモアあふれる映像も魅力だったんだと思う。クリエイティブ系の人にはこの映画のファンが多いはず。

 

運命に抗いながら、流されながら、それでも最後の裏切りによって未来へと進んでいく

そのカタルシスは鳥肌もの

それは20年たっても変わらない。

 

  • そして20年が経った

僕と同い年の映画に、成人してまためぐり合うというのは不思議なことだ。

 「トレインスポッティング2」の画像検索結果

若かった彼らは中年になった。ベグビーは刑務所(脱走)。スパッドはヤク中で自殺未遂。シックボーイはしけたパブをやりながら脅迫で稼いでいる。そしてレントンはちゃんと働いている(はずだった)。

結論から言えば、あいかわらず悪いことをする。

ヘロインはあんまりやらなくなった。ここぞというところでどっぷりとクスリに溺れるのがおじさんスタイルなのか。でも底辺は底辺のままで、あいかわらずろくな人生を歩めていない。

ガキの心のまま大きくなってしまった感じ。それでも彼らには歩んできた20年があって、それぞれの形で子供や妻がいる。

 

そう、T2の主題は家族だ。

一作目では家族というものは常にわきにいた。実際、物語を進めていくのはレントンの語りであり、主観の海を泳いでいる感じだった。

でも時がたって、うまくはいってはいないけれどつながりができていた。社会にはあいかわらずなじめず、さらに言えばグローバルなシステムからも疎外された彼らにはそれでも彼らをつなぎとめるものがあった。

しかしそれも失われてしまう。彼らは幸せを掴めない。

新しく選び取った関係性=家族は、過去の負債と自らの性質によって破壊される。

 

思い出されるのは経路依存、という言葉だ。言い換えればイナーシャ(慣性)。そんな難しい言葉はいらないと思うのだけど、過去が現在へと影響を与えてくる感覚はまさにそんな言葉がふさわしい。

エジンバラに戻ったレントンは、あの日の裏切りの代償を払うことになる。

持ち逃げされた男たちは、あの金があれば幸せな人生を歩んでいたと夢想しレントンを恨む。

だが、きっとそれは違う。

大金があったとしても彼らはまたクスリに走り、悪に手を染めたはず。

そして金を手にしたはずのレントンすら幸せをとりのがしてしまうのだから……

 

  • 選ぶこと

舞台であるスコットランドもこの20年でかなり変わった。モノレール?みたいなインフラの開発、ランドマークであるエディンバラ城のライトアップ。堅く暗く閉ざされたイメージが払しょくされた感がある。

「エジンバラ」の画像検索結果

一方、シックボーイの構えるパブは開発の恩恵を受けていない地域にある。過剰な街のきれいさと、辺境の暗さのギャップが印象的だった。

 

とはいえスコットランド自身もこの20年激動を経験しているわけで、独立をめぐる問題も当然尾を引いている。プロテスタントカトリックに対する勝利という話題が提供されるのもその関連なのかな??

 

作品の一つのメッセージは、選ぶこと

レントンはあの日、金をもって逃げることを選んだ

それでも戻ってきてしまう

悪いほうを常に選んでいく(選ばされていく)

低きに流れていく

でもそれが、自然の摂理のような一種の気持ちよさにも感じられる

 

スコットランドも、独立しないことを選んだ。

一方イギリスはEUから離脱した

それがいい選択なのかはわからない

けれどダニーボイルは、お前が選んだんだ、と語りかけている気がした。

 

  • 腑に落ちていく

T2は腑に落ちていく作品だ。

 

例えば、シックボーイがガールフレンドをオレの女といいつつもどことなくよそよそしいのはかつての赤子殺しのトラウマがあるからだ。そして彼はいまだに麻薬漬け(コカイン)の状態にある。

レントンはトミーの死についての責任を感じているし、スパッドは最後に分け前を残してくれたレントンに恩を感じている。

 

 

そしてタイトルであるTrainspottingという言葉の謎も解明される

 

トレインスポッティングとはもともと、列車を置いておく場所という意味だった。そこからいわゆる鉄道オタクがその場所に集まるようになり、鉄オタを意味する言葉にもなる。

スコットランドでは、郊外の荒れた土地にTrainspottingがあり、ヤク中の青年たちのたまり場になっていた。

「レントン 部屋」の画像検索結果

レントンが監禁される自宅の個室の壁には一面列車の壁紙がはられている。同じ方向を向いた大量の列車が描かれた壁が遠くに遠くに流れていく。そんな幻覚もタイトルと繋がっている。

 

刑務所を脱走したベグビーは強盗をはじめる。彼には息子がおり、息子にも手伝いをさせようとする。しかし息子は大学でホテル経営を専攻する普通の青年であり、泥棒稼業を拒否する。ベグビーは怒る。

 

ベグビーの父親は飲んだくれだった。鉄道のたまり場(Trainspotting)で、酒を飲みながら若い奴らにからんでいた。ベグビーにはそんな父が恥だった。けれど彼はなにもせず黙っていた。彼は自分の拳で生きてきた。気に食わないことには暴力をふるい、だれかれ構わずけんかを売る。そうすることで生の実感を得てきた。

でも、時代は変わった

息子は大学に通い、まともに生きていこうとする。

逃れることができない過去はベグビーの存在そのものだった。だから彼は、死を覚悟して、息子と別れて、レントンを殺しに行った。

 

 

Trainspottingの20年の意味がここに結実する。

 

 

オレたちの時代はエキサイティングで、でもどうしようもなくて

嬉しいことも哀しいこともあって、もがいてきたけれど

どうあがいても、スコットランドの辺境に戻ってきてしまう

金があればあるで薬物に使うし、なければ暴力にはしる

 

低きへ、もっと低きへ流れていく

でもお前たちは違う

選べるんだから選べ

 

 

  • 蛇足

映画論とか物語論は分からないけれど、映画を見ることの意味はオルタナティブを提示することだと思っている

今生きている生き方から逃避するというよりも、現実を相対化していく感覚

「あ、こんな生き方もありなんだな」

「たとえこのまま人生落ちていったとしても、それでも生きていけそう」

今ある場所はあたりまえじゃないし、いつか壊れるかもしれない

例えば、シンゴジラみたいな怪獣映画の破壊はまさに現実の破壊だったわけで、それはポスト311映画と呼ばれた。

でも本当は社会全体の激動というマクロな視点(社会はどう立ち向かっていくのか)以前にきわめてミクロな視点(明日生きているか、ヘロインを今使うかどうか)があって、20年というときの流れはそこに変化を生み出したり、生み出さなかったりしている

その面白さこそがこの映画なんですかね

 

 

 

ほげちゃん、可愛い💗

心が折れそうなので

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可愛い人の画像を見て癒される

 

She is ほげちゃん

https://mobile.twitter.com/hogeejapan

音楽ユニット禁断の多数決のメンバー

 

アイドルかというと微妙ラインだけどまあそんなのどうでもよくて、ほげちゃんはめちゃめちゃ可愛い😍

 

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最近は少しボーイッシュになった

 

日曜に某バンドのpv収録があってエキストラを募集している。そこにほげちゃんも出るみたい。試験さえなければ行きたかったなぁ…

 

ほげちゃんを描くほげちゃん画家の絵も最高

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それにしても

ほげちゃんはたまに口を開けて写真をとる

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思い出すのはシンゴジラの蒲田くん

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蒲田くんはシンゴジラの第二形態で、TOKIOに捕まって話題になった古代ザメ、ラブカがモデルになっている

ラブカも蒲田くんも基本的にはギョッとする気持ち悪さを感じさせる

でもよくよく見てるとなんか、はまる

 

ほげちゃんも同じで、もしずっとお口を閉じて写真を撮っていたらそんなに響かなかったかも

ほげちゃんが持つ古代的魅力は計り知れない

 

現実逃避、現実逃避